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広島高等裁判所 昭和29年(ネ)109号 判決

控訴人(原告) 下松土地株式会社

被控訴人(被告) 山口県知事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、山口県農業委員会が控訴人から下松市大字東豊井字舟入八百五十八番地の一田一反二畝四歩につきなした訴願に対し昭和二十七年八月三十日附を以てなした裁決は、これを取消す、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。当事者双方の主張は、双方代理人において次の通り述べた外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

第一、控訴人の主張

(一)  農地買収計画においては買収すべき農地を特定しなければならないのであるが、本件田一反二畝四歩の一部には被爆によつて生じた泥沼の部分があつてこれを買収計画から除外すべきものである以上、その除外すべき部分を明確に特定していない本件買収計画は、買収すべき農地の範囲の特定を欠くものとして違法である。なお、本件農地内に在る右泥沼の部分の面積は、本件買収計画当時においては約二十坪であつたが、その後次第に埋立てられて原審における検証当時及び現在におけるその面積は約七坪である。

(二)  自作農創設特別措置法第六条第一、第二項によれば、市町村農業委員会は農地買収計画において買収すべき農地並びに買収の時期及び対価を定めなければならない。しかるに本件農地の買収計画において下松市下松地区農業委員会は本件農地の買収の時期及び対価については何等の定めもしていない。仮に、同委員会が山口県当局の指定する時期を本件買収計画の買収時期とする定めをしたとしても、かかる不確定な時期を買収時期と定めることは前記法条の趣旨に反し無効である。また、同条第三項所定の賃貸価格の四十倍というのは、田の買収対価の最高限度を示したのに止まるから、個々の買収計画においては、各場合の事情を勘案して具体的に買収対価を定めなければならないものである。

第二、被控訴人の主張

(一)  控訴人主張事実中、本件農地内の泥沼の部分の面積が原審における検証当時及び現在において約七坪であることは認めるが、本件買収計画当時におけるその面積は約十二坪であつた。

(二)  仮に、下松市下松地区農業委員会が本件農地の買収計画を定める決議において、その買収の時期及び買収対価を明らかに定めなかつたとしても、すでに買収時期及び買収対価は客観的に定まつていたものであり、且つ本件買収計画の公告及び縦覧に際しては買収の時期及び対価は明らかに記載せられていたのであるから、被買収者の権利擁護には格別の支障のなかつたものである。従来、買収の時期は、全国一斉にたとえば三月二日、七月二日、十月二日、十二月二日と定められており、買収対価は自作農創設特別措置法第六条第三項に定める対価の最高額(賃貸価格の四十倍)とすることが明白に定まつていたから、前記委員会の決議において買収の時期及び対価を明かにしなくても、客観的には定まつていたことになるのである。仮に、これを定めなかつたことが行政行為の瑕疵となるとしても、以上の事情から考えて、それは本件買収計画の取消原因となる程度の瑕疵であるとはいえない。

証拠の関係は、双方代理人において当審証人武居重雄の証言を援用した外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

当裁判所は、控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきものと認める。そして、その理由は、以下に附加する外、すべて原判決理由に記載せられたところと同一であるから、これを引用する。

二、本件買収計画は、買収すべからざる泥沼の部分を除いたその余の農地の範囲が明確に特定されていないから違法であるとの控訴人の主張について。

すでに控訴人主張の泥沼の部分が本件買収計画より除外せらるべきものでない以上、本件農地一筆全部が本件買収の対象となるわけであるから、買収すべき農地の範囲が特定していることは勿論であつて、控訴人の主張は理由がない。

四、本件買収計画には買収の時期と対価が定められていないから違法であるとの控訴人の主張について。

成立に争のない甲第一、第四号証、乙第一号証、原審証人相本秋一、藤田春一、当審証人武居重雄の各証言を綜合すれば、下松市下松地区農業委員会は昭和二十六年十二月二十二日本件農地の買収計画の樹立を決議したが、その際の会議録である甲第一号証には本件農地の買収の時期及び対価についての記載のないこと、山口県においては、農地買収の時期は昭和二十六年度まで毎年三月、七月、十月、十二月の四度に定められていたが、昭和二十七年度における買収時期については当時未だ県当局からの指示がなかつたので、本件農地の買収時期は県の指示する時期とすることに定められており、また買収対価については、従来下松地区においては、田地の買収対価は画一的に賃貸価格の四十倍と定められていたので、本件農地も右の価格で買収せられるべきことに了解せられていたため、前記会議録には買収の時期及び対価の記載が省略せられたこと、その後昭和二十七年六月はじめ頃山口県当局より本件農地等の買収時期を同年九月一日とする旨の指示があつたので、同委員会は同年六月五日控訴人に対し本件農地の買収計画を通知すると共に、その頃本件農地の買収時期を同年九月一日、買収対価を九百六十円(本件農地の賃貸価格の四十倍)とする買収計画書を作成し、本件買収計画の公告をなし、次いで同年八月二十四日の会議においてあらためて本件農地を右買収計画書の通り買収すべきことを承認した事実を認めることができ、原審証人藤田春一、当審証人武居重雄の各証言中右認定に反する部分は信用し難い。しからば、本件買収計画に買収の時期及び対価が定められていない違法があるとはいえない。もつとも、本件農地買収計画において、買収対価は当初より確定していたのであるが、買収時期は将来県の指示する時期と定められていて、計画樹立の当初において不確定であつたことは前に認定した通りであるが、たとえ計画の当初において買収の時期が右の如く不確定であつても、その後買収計画の公告せられる時までに買収時期(勿論その公告より以後の将来の時期でなければならぬ)が確定せられれば、買収計画の利害関係人にとつて不利益はないわけであるから、本件買収計画における前示の如き買収時期の定め方が違法であるとはいえない。

よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 植山曰二 佐伯欽治 松本冬樹)

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